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今月読んだ本with今年からのツン読(いのく)

 今月読んだ本とそのコメント

0708315誤解された仏教
 日本で根強く信仰されている仏教。今では主に死者・仏様についてお世話になることが多い。しかし、本来の仏教とは何か?その問いに対する答えがこの本にはある。

 「霊魂は存在しない。」「本来の仏教に死者儀礼は存在しない。」など、今自分が信仰の対象にしている仏教を否定されているかのような内容だった。

 この真意は始まりの地・インドで作られた仏教の概念は何か?ということだ。本来の仏教には霊魂や死者という概念はなかった。しかし、インドから日本へ伝わるまでに変化し、さらに日本土着の宗教と結びつき現在の姿に変化していったということ。日本の仏教は、また別の概念であり、仏教を語るでのあれば、原理に立ち戻るべきだと感じた。

 また、宗教には二つの種類がある。悟りを求めるものと救いをもとめるもの。もともと悟りを求める仏教が、日本に入り、救いを求めるものへ変化し、民衆に受け入れられた背景があったことがあったらしい。

 いろんな意味で、興味深い本だった。ただ、専門的な記述が多々あり、軽い感じでは読めないし、中途半端な知識ではついていけない部分も多かった。

200709301言い寄る
 30年前に書かれた田辺聖子さんの恋愛3部作。最近、カバーを刷新し、リニューアル刊行された。

 愛してないのに気があう剛。初めての悦楽を教える大人の男、水野。恋、仕事。欲しいものは手にいれた、31歳の乃里子。でも、唯一心から愛した五郎にだけは、どうしても、言い寄れない。

 恋の形は30年経ってもまったく色あせない、変わらない。その内容に驚きつつ読んだ。
 言い寄るという絶妙なタイトルどおり、女も男もとにかく不器用というか、伝わらない想いがあふれていてやきもきする。男にとっては女心を勉強するための一冊と言えるかも。

200709302坂の上の雲〈8〉
 坂の上の雲、完結。
 日露戦争もとうとう大詰め、日本海海戦の火蓋が切って落とされた。日本側に要求されているのは完全な勝利。ただ、勝つだけではなく、1隻残らず露軍の軍艦を沈めなければならない。
 結果、史上まれにみる「完全な勝利」を得て、日露戦争の終結となった。

 巻末には、「坂の上の雲」刊行当時のあとがきが6編掲載されており、司馬遼太郎氏の言葉や追記などを読むことができる。

200709303逆立ち日本論
 日本人とは何か?について、内田樹氏と養老孟司氏の対談をまとめた一冊。

 なぜ逆立ちとなっているか?ユダヤ人とは何かを問う章にこうある

 「ユダヤ人は殺せ」という声が上がったときには、「あなたはどのような根拠によって私を『ユダヤ人』だと定義するのか」というような悠長な問いを発している暇はない。とりあえず逃げ出すしかない。そして、「ユダヤ人を殺せ」と言ったらあいつは逃げ出したという事実が、からは紛れもなくユダヤ人である根拠に登録される。

 このような視点で語る日本論。

 このお二人の本を読んでいて助かるのは何を前提とすればよいのか?この本の中の前提が正解というわけではないのだけど、最近のネットやテレビの議論って前提なしでいいか悪いかを杓子定規にやってることが多いですね。そんな議論のきっかけになる本でした。

200709304キラレ×キラレ (講談社ノベルス)
 森博嗣氏のXシリーズ2作目。
 地下鉄で発生した連続切り裂き事件を鷹知祐一朗と小川令子が解明していく。
 軽快な会話を主として事件を捜査する二人、事件のインパクトとしては大したことはない。Gシリーズと平行で刊行されているこのXシリーズ。大きな流れもしくは結末を意識させる中の1編という感じがする。

 次回作にも期待。

200709305岸和田だんじり祭 地車名所独案内
 観光案内用として購入してみました。
 前ページがカラーで見やすい。だんじりの紹介に始まり、各町の紹介なども掲載されている。町ごとにページをさいてあり法被の柄、だんじり、その町の曳きかたや見所といったところが詳しく書かれている。
 曳行路の説明では、見所となる要所を一つ一つピックアップしてあり、昔の写真などを取り入れて書かれており、非常に見やすい。

 これ一冊で観光のお供と、だんじりと、岸和田の歴史を把握できる一冊です。

200709306四畳半神話大系
 大学3回生の主人公。薔薇色のキャンパスライフを送るつもりが気がついてみれば、なにもないまま3回生に。いったいなぜこうなってしまったのか。そして、不毛な独白と波乱の学生生活が続く。
 まさに神話となる4本の短編からなる四畳半に住む主人公の物語。

 もし、入学するときに別のサークルに入っていれば。もし、あんな友人さえいなければという、しょうもない後悔とこの屈折した学生生活に思わず共感してしまう。

 最後にはすがすがと屈折したさわやかさが残る物語。森見登美彦はおもろい。


で、とりあえず積んでおく本。

道をひらく
幸福な食卓
マチウ書試論・転向論
ZOKUDAM
見えないドアと鶴の空
岸和田だんじり祭りによるまちづくり―文化と伝統景観を生かして
ゾラ・一撃・さようなら
NEXT 上 (ハヤカワ・ノヴェルズ)
NEXT 下 (ハヤカワ・ノヴェルズ)
李陵・山月記 (新潮文庫)
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)


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新宿で飲む日々 『馬鹿とけむり』

200709272
 終電まで、近くにあった『馬鹿とけむり』に行ってみた。
 1年ほど前に行ったときは、店の中央にでっかい木が置かれていてそれがカウンターテーブルのように置かれていた。そういう自然な装飾をよくつかったダイニングバーだった。

 今回行ってみて、びっくり、いつの間にやらリ店内がニューアルされていた。個室が多く、より雰囲気がよくなっていた。グループよりもカップルにオススメかもしれない。

 焼酎のラインナップがよい。この日は2件目だったのでつまみはなすの盛り合わせなどをちょっとだけつまみました。


和風創作ダイニング 馬鹿とけむり(ぐるナビ)

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新宿で飲む日々 『七厘炙り焼き 花炎』

200709271
 新宿にて飲み。『七厘炙り焼き 花炎』へ行く。

 新宿駅からすぐ近くにあるビルの4階にある。
 ここは、炙り焼きの名の通り、肉や魚介を炙って食べながら飲む。テーブルの中央には石の敷物があり、その上に七輪をどっかりと置いてある。

 まずは、ビールと一品ものをつまむ。炙りといいながらも、一品ものもいろいろなメニューが揃っている。『クリームチーズ&キューティーハニーバケット』などを頼んでみた、ビールのつまみとして意外とあいます。

 そして、炙り焼き。いきなりお肉、『牛カルビステーキ炙り焼き』を頼む。タレにつけられた一枚肉がでてくる。これを専用のはさみで切って七輪に並べて食べる。なかなかうまい。

 つづいて、魚。『ブリトロカマ炙り焼き』を頼んだ。ブリの肉の塊がごろごろと登場。これも七輪でじっくりと焼く。焼いていると脂があふれてきて見てるだけで美味しそう。で、実際に食べるともちろん美味い。ブリカマはかなりでかいので少人数で食べるとこれだけでお腹いっぱいになりそう。

 時間制限を設けてない店なので、いろいろと炙りながらじっくり飲むのもよさそうです。

七厘炙り焼き 花炎 新宿店(ぐるナビ)

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勇壮!岸和田だんじり祭 その2

200709161
 今日は朝から岸和田に戻り、だんじり見物をする。

 16日は本宮といい、午前中は宮入りが行われる。岸和田旧市地区には、岸城神社と岸和田天神宮の2社があり、それぞれで行われている。今日は、岸城神社へ向かい、見所の1つであるこなから坂付近で見物することとした。

 こなから坂は、現岸和田市役所前の道にあたり、岸和田城へ向かうための道でもある。岸城神社への宮入りはこのこなから坂を駆け上り、岸和田城のお堀を一周して行われることから、この坂の駆け上りとやりまわしが見せ場の1つとなっている。

 今日は朝から刺すような日差しの強い天気。8時半頃に着いたものの市役所前は黒山の人だかり、ちなみにすでに場所取りで前日からいい場所はとられている。右往左往しながら場所を探す。日差しが強いおかげで日向に人が少なかったのでそこに陣取って見物することにした。暑い。

 さて、だんじり。宮入りは事前に決められた順番で町ごとに始まる。
 こなから坂を駆け上がり、市役所前の角でのやりまわし。曳き手もここが見せ場とスピードを上げて一気に駆け上がり、豪快なやりまわしを見せる。見事なやりまわしには自然と歓声があがるといった感じだった。見物の場所からはやりまわしが見にくかったのが残念でした。
 下はこなから坂の動画です。


 午後からは、最近知り合いになった方と合流し、町と祭りを案内してもらうことにした。また、ぶらぶらと岸和田の町を歩き回る。

 だんじりは、曳行のコースは決まっているものの、あとは各町ごとで自由に動いているらしく。とにかく体力が続く限りだんじりを曳いているらしい。なかには休憩しているだんじりも見かける。だんじりは、遠くからみれば屋台だが、近くによると意匠を凝らした彫り物がところ狭しと飾られている。彫り物のみで組み立てられた山車といっても過言じゃない。休憩しているだんじりに近づきつつ、各だんじりの彫り物なども覗いてみた。勇壮なだんじりとは違っただんじりの楽しみ方もある。

200709162
 案内人に連れられてちょっとだけ岸和田(旧市)を離れて、春木地区へ向かった。
 岸和田市内にある春木地区でも春木だんじりが行われている。駅についたとたん、だんじりが豪快にやりまわしをして通り過ぎていくのがみえた。ここは岸和田に比べると人が少なめなのでさらに間近でみることができた。

 曳行コースを一通りまわってまた駅へ。さすがにやりまわしの見せ場となる角は人だらけで観ることができなかった。駅に着くと、朝のカンカン照りがうそのように見る間に雲ってはげしいにわか雨が降ってきた。さすが下駄祭、だんじりの熱気がそうさせるのか、雨には好かれているようだ。

 春木から岸和田に戻る。すでに18時をまわってだいぶ暗くなってきた。終わりの時間はすでにすぎているもののまだ町中をだんじりが走っている。駅から商店街を下っていく、数基のだんじりが豪快に通り過ぎる。商店街も見せ場の一つらしく、ここは猛スピードで走り抜けていく。

 商店街を抜けて、さらに道をくだっていくとそこがカンカン場と呼ばれるやりまわしの最大の見せ場がある。ここには観覧席まで用意されている。昼間は人が多くてとても寄り付けなかった。
 最近では、このカンカン場のとりをどの町がするか取り合いになっているらしく、予定時間をすぎてもだんじりが走っているようだ。このカンカン場へと向かう途中で、午後曳行が終了となった。だんじりの関係者が解除と言っている。交通規制が解除になったらしい。

 そのままカンカン場についた。道には大量の木屑が落ちている。どの木屑も木を擦り取ったようなものばかり、だんじりでは轍のかわりにこの木屑が道に残っている。

200709163
 午後曳行が終われば、その年のだんじりは終わる。その後に提灯曳行が始まる。だんじりをつけての曳行、この曳行では大人たちは参加せず、子供を中心に行われる。昼間とは違い、走ったり、やりまわしたりはなくどのだんじりもゆっくりと町を曳行している。
 綱についている子供たちは今年最後の曳行とまだまだ元気を振り絞りはしゃぎまくる。

 夜に浮かび上がる提灯の火がまた雅です。


 提灯曳行を眺めて、そのまま最終の飛行機で岸和田を後にしました。

 案内をしてもらったおかげで、大変有意義な祭り見物をさせていただきました。
 最後に一つだけ、だんじりには女の子もたくさん綱についてましたが、綱についてる子の髪型がもれなくドレッドヘアーなのに驚きました。流行なんでしょうか?

岸和田市:岸和田だんじり祭
岸和田だんじり祭 年番公式サイト

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堺、船待神社、ふとん太鼓

200709153
 岸和田を離れて、堺へ向かう。
 知名度は全国区となっているだんじり祭。でも大阪の祭で、だんじり祭と知名度を二分する祭がある、それが『ふとん太鼓』らしい。堺市内には7つの神社があり、9月から10月にかけて、週ごとに祭礼が行われている。このふとん太鼓では、太鼓台と呼ばれる舁き山を担ぐ。その名の通り、舁き山には、ふとんが重ねられておりその下部に太鼓が備え付けられている。

 今日は船待神社の例大祭が行われていることから、堺の湊地区へ行った。
 岸和田からいくつかの駅をすぎて、湊駅を降りる。周りはいきなりの住宅街で、ちょっと閑散とした感じ。どこへ行ってよいのやらしばらく迷ってしまった。住宅街をしばらくうろついていると人の流れがあったので、それについていくことに。すると提灯で飾られた道をみつけた、その先には目的地・船待神社がある。

 神社の境内にはいくつもの露店が並び、ちびっ子達が露店に群がっている。神社を詣でてから神社の横手にある道をあるくと、大通りがあり、そこに太鼓台が並べられていた。でかいし、派手な山車だ。

200709154
 ちなみにこの太鼓台の形。伊万里トンテントンで見たことがある。伊万里のトンテントンは、喧嘩祭で有名。二つの神輿が荒々しくぶつかり合う祭だ。その神輿のうちの一つで、5色のふとんを重ねた神輿があり、その神輿の名前は団車(だんじり)という。妙な符合。それもそのはず、これらのふとんを重ねた形の神輿や山車はふとん太鼓の太鼓台がルーツらしい。

 しばらく待っていると神輿の担ぎあいが始まった。ここ船待神社には3基の太鼓台があり、その3基が大通りを所狭しと担ぎあう。とにかく、見た目が派手で、担ぎ方が荒々しい。太鼓台の上には人が乗っており、担ぎ手の合いの手にあわせて紙ふぶきが舞う。太鼓台を先導するように、大きなうちわを持った女の子が歌を口ずさむ。その姿は非常に雅だ。そして、太鼓台の四方につけられた大きな房がゆっさゆっさと揺れる様は非常に豪華だった。

 動画を撮ってみました。

 そして、宮入りもまたとくかく派手で豪華だった。祭の最後を飾るため、紙ふぶきが舞い、風船が舞い、仕舞いには大量のクラッカーが鳴り響く。こんな祭は観たことない。ある意味、だんじりよりも強烈だった。
 大阪と言えばだんじりですがこのふとん太鼓もなかなかの見所です。


堺まつりふとん太鼓連合保存会
堺百町 まるごと堺秋祭り

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勇壮!岸和田だんじり祭 その1

200709151
 大阪・岸和田地区の秋祭り、岸和田だんじり祭に行ってきました。

 昼過ぎに関西空港へ到着、電車に乗って一路、岸和田へむかう。
 岸和田駅に近づくと電車の中からさっそく走っていくだんじりが見えた。なんとなく気がはやります。駅はかなり人がごった返していて、構内も外にでても人だらけ、特に商店街側にはすでにたくさんの人垣ができている。さっそく、のぞいてみると商店街の入り口にだんじりが1基あり、だんじり上から観客にむけてものが投げ込まれていた。そして、それが一通り終わった後は派手にクラッカーがなる。そして、駅前を豪快にやりまわして行った。
 これは、パレードという催し物が行われていたらしい。

 次のだんじりのやりまわしを見て、駅を離れた。そこからだんじりと人の流れにのって町を歩くことにした。大阪もだんじりも初めてなので、地図を片手に町を歩くことにした。せっかくだから間近でやりまわしもみたい。
 ちなみにやりまわしというのは、だんじりが方向を変えるときの動作のこと。方向転換は前梃子、後梃子が舵役となりだんじりの向きを変える。スピードをのせて曲がるため、豪快なやりまわしがだんじりの見所の一つとなっている。

 駅をでて、道なりにあるくと、大通りにぶつかる。通りには露店が並んでいて人がとにかく多い。だんじりが曳行する箇所は人がたまっていてなかなかみることもできない。だんじりはひとまずおいて、岸和田城と神社を見に行くことにした。

 岸和田だんじり祭は岸和田城城下町の祭であり、岸城神社と岸和田天神宮の例大祭となっている。16日に行われる宮入りもこの岸和田城の堀を周り岸城神社へと向かうこととなっている。

200709152
 地図を片手にまずは、岸和田城へ。城へ向かう坂をこなから坂といい、この坂が宮入りの際の一つの見せ場となっているらしい。岸和田城の天守閣はそんなに高くないようだった。ここで、微妙な天気から一転、夕立のような雨が降ってきて、城の中でちょっと休む。なんでも、だんじり祭は雨が多く、下駄祭(げたを履いてでも見に行く)とも呼ばれているらしい。

 雨があがったのを見計らって、神社へ。神社は、城のすぐ近くにあった。現在、本殿は改修中とのことで、境内にある岸和田戎神社がそのかわりとなっていました。
 神社にきて驚いたのは、神社周辺に露店がなく、あまり神社に参拝客がいないこと。通常、神社の祭礼と言えば神社を中心として、祭が行われていることが多いので、一番の賑わいをみせるのは神社周辺だと思っていた。これは、岸和田特有なのかはたまた神社の決まり事があるのか、なぞです。

 神社をでて、地図を片手に曳行コースへと向かう。ひたすらぶらぶら。
 だんじりでは、曳行コースは決まっているものの、各だんじりはそれぞれで曳いているためどこにだんじりがいるかがよくわからない。とりあえず、コースをぶらぶらするしかない。

 商店街に近づいたときに、たまたまだんじりが通ったので動画にとってみました。商店街を駆け抜けていくだんじりも見ごたえ十分です。

 というわけで、一通りみて、今日は岸和田を後に。
 明日は、朝から見る予定です。

岸和田市:岸和田だんじり祭
岸和田だんじり祭 年番公式サイト

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2007年のくんちポスターできました

200709131
 2007年の唐津くんちポスターできました。

くんちポスター完成(唐津新聞ニュース)

唐津観光協会はこのほど、 平成19年の唐津くんちポスターを製作、 販売と配布をはじめた。
....
図柄は2番曳山青獅子の西の浜の曳き出しのシーンを粗い粒子の表現で力強くとらえている。

 いよいよくんちも間近の時期になりました。

 今年のポスターは青獅子がメインとなってます。数年前から、1台ずつのポスターじゃなくなってましたが、今年が青獅子ということは昨年のは赤獅子メイン?確かに赤獅子がでっかく写ってましたが、そういう傾向になったのは気付かなかった。
 やっぱり、ポスターは1台ずつフューチャーしたものがよいですね。水主町はあと10年後です。

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重陽の節句、菊の節句

 9月9日は重陽の節句です。
 古来より、中国では奇数の月を陽、偶数の月を陰とし、その月と日の数字が重なった日をめでたい節目の日としてきました。節日はいろいろとありますが、中国から伝わったており、日本では主に1月1日(1月7日)、3月3日(雛祭り、桃の節句)、5月5日(端午の節句、菖蒲の節句)、7月7日(七夕)、9月9日(重陽、菊の節句)を総じて五節句と呼んでいます。いずれも旧暦の日を指していますが、ご存知のとおり、日本では新暦の日をあてはめてそのまま節句が行われています。旧暦と新暦では、約一ヶ月ほどの差があるため、暦が採用された当時は、節句の意味あいがかなり異なっていたようです。

 重陽ですが、もっとも大きな数が重なる9/9は節句の中でももっとも重要な位置づけを持っていたようです。ただ、他の節句に比べて9/9といっても何の行事もなく今日が節句であるのはなかなか気付かない。それは、新暦では、10月中旬頃になり、ちょうど作物の収穫時期と重なり、日本では秋祭りとなり、各地域の行事としての位置づけになったのかなと思う。秋祭り=五穀豊穣ばかりではないが、節目を目的とした祭礼上、開催時期が、9月と10月では大きく違い、新暦に変わってからは旧暦の9月9日もしくはそれに近い日に行うことが多かったのではないかと思う。

 さて、重陽の節句というと平行して語られるのが『おくんち』です。おくんちは主に九州北部の秋祭りで使われますが、おくんちの語源となっているのがこの重陽の節句です。9日に行われることから「くにち」が「くんち」に転じたと言われています。
 ネット上をいろいろと検索してみると「重陽の節句」と「くんち」があわせて語られることが大部分をしめています。

 でも、ちょっと待てよと。唐津くんちですが、これまで重陽の節句のことなどあまり聞いたことがない。

 唐津神社の縁起により、9月29日を祭礼日としてある。新暦に変更されてからは、9という数字にあわせて、祭礼日が10月29日となっています。重陽はたぶん関係がない。もしあるとすれば、初くんちが重陽にあわせておこなわれたくらいかもしれない。それに、くんちは9日もあてられますが、供日や宮日もあてられています。いつから、なぜ、くんちとなったかは興味がわくところです。

 というわけで、たぶん重陽の節句だからくんちというのは違うんじゃないかと思うしだいです。どこぞで、コピペされて後はぐるぐるまわっているんだとおもいます。(違ってたら誰か教えてください。)

 それから、柳田國男氏の『年中行事覚書 (講談社学術文庫 124)』にもありましたが、旧暦から新暦への移行の影響はかなり大きく、祭礼の手段と目的がその時点と後世でかなりねじれて伝わっている部分もあるのではと感じています。

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